〜感情変化 ・未来編〜





『自宅謹慎』
メーロス家の呪いを利用し、兄から全てを奪おうとした罰にしてはあまりにも軽い罰だった。

レベルの低い冒険者達に呪いのトリックを暴かれた翌日、ビットールは兄に説教をされた。
また同時に、ビットールは兄と山荘で毎日暮らすようになった。
誰から吹き込まれたのかは知らないが、何でも人に任せきりの生活はいけないのだと言われる。
兄と兄家族と共に生活の基本から学ぶこととなった。
毎日兄を見ていると、呪いをかける以前より生き生きとしているのが分かる。
領民からも以前より信頼され、尊敬され好かれていくのを感じた。
尊敬と信頼のある兄を騙し、また領民を不安に陥れた自分はますます嫌われているのに。

「やはり兄さんはずるい。んふ」
「ずるいのではない。お前も心から反省し、領民達に認められるよう努力すればいずれ好かれるだろう。」
「でも、この容姿だけはどんなに努力しても変えられないんだ。んふふ」

ビットールは兄家族、そして領民達の自分を見る瞳を思う。
気味悪いとさげずみ、遠ざける瞳。
嫌われるようなことをした事で嫌われたことは仕方ないことだと思う。
しかし、そんな行為をする以前からあまり好かれるほうではなかった。

どんどん輝く兄の側に居ると自分がどんどん闇の中に取り込まれていく感じがする。
兄の言葉は筋が通っているのだろう。
皆から言えば正しいのだろう。
だけど、こんな惨めな気持ち兄には理解できないだろう。
兄への負の感情はは消えた訳ではない。

このまままたこの負の感情が膨らみ続けたら、わたしはまた兄を殺そうとするのかもしれない。
自分の気持ちを計らって罰を軽くし、許してくれた兄を。
もしかしたら、メーロス家の呪いは自分にかけられたのかもしれない。
だからこんなにも醜い容姿で生まれて、愛されることがないのだ。
その怒りを苦しみを、愛されている兄にぶつけて殺そうとする感情をもつためだけに自分が居るのかと思うと心が苦しい。
負の感情に身を任せ、兄に憎しみをぶつけた時の感情が、今思うと恐ろしい。


「兄さん、しばらく兄さんから遠く離れた地で一人で反省したい。んふ」

最もらしい言葉でビットールは兄から離れて暮らす事にした。
兄から領地の端にあった山荘を与えられた。
最初はボロボロだったが、暮らせる程度になるまでは兄と協力して修繕した。

「では、何か困った事があればすぐにわたしに言いなさい。」
兄はそう言って立ち去った。


困った事はすぐに起こってしまった。
領地で買い物が出来ないのだ。
今まで買い物は兄と共にしていたのだが、ビットール一人になると店主がビットールから逃げるように店の扉を閉めた。
それだけならまだしも、物を投げられたり、言葉の暴力にあったりと、とても買い物をできる環境では無かった。

「ふんふん。心の狭い連中だ、んふふ」
ビットールは自らが領民を不安にさせた罪をこういった形で受けるとは思わなかった。
しかし、全ての領民がそんな対応するわけでは無かった。
嫌そうながらも、 「フレンツ様に頼まれてるからね。」 などと対応してくれる店も当初は有りもした。

しかし、それは数日で出来なくなる。
ビットールが買い物をした店主が次の日から他店と同じ逃げるような対応になってしまったからだ。

ビットールには理由が分からなかったが、その理由は店主同士の付き合いだった。
ビットールを許した店主へもビットールに向けられた鋭い視線や言葉の暴力があったからである。
兄と共に出かけるときはその対応はなかったため、兄もまた気づくことなかった。

兄以外の領民たちから嫌われ居場所がないことに気づき、さらに負の感情が高まりそうになったある日。

ビットールの感情を変える運命的な出会いが起こることとなる。









兄から領地外への荷物を届ける仕事を頼まれた帰りの事だった。

「コラ!待ちなさい!」
けたたましい声が後ろから聞こえ、何事かかと振り返った瞬間、ドンッと足元に何かがぶつかる。
「ふんが!な、なんだね!?」
思わず転びそうになるのをなんとか制し、足元をみる。
10歳くらいの少年が転んでいた。
「なんだよ!こんなところで止まるなよ!おじさ…。」
少年はビットールを見上げてあんぐりと口と目を見開いた。

「ちょいとそこのアンタ!その子を捕まえておくれ!」
かっぷくのいいおばさんがブリブリと怒りながらこちらへ来る。
少年はそれをみてはっと立ち上がり慌てて逃げようとするが、ビットールに腕を捕まえられた。
「離せー!」
ジタバタするが、すぐおばさんが来て、少年の耳をひっぱった。
「また勝手に物を盗って逃げる!今日もお説教だよ!」
「ま、まってよ!母さん。今までの悪さは全部この人に言われたんだっ!」
少年が指した指はビットールに向かっていた。
「ふんおふん!?わたし!?」
ビットールは驚き掴んでいた少年の腕を離し、自分自身を指した。
「確かに風貌は怪しげだね。」
おばさんの言葉にがっくりと肩を落とすビットール。
領地外でもこの容姿のおかげで怪訝な目で見られてしまうのかと。
しかし、続いたおばさんの言葉は、ビットールが恐れていた言葉ではなかった。

「でも、私は騙されないよ。さっきお前を捕まえろと頼んだ時に主犯格なら逃げるだろ。」
「そ、そうだとも。よくわかってるではないか。んふふ」
ビットールはほっとして、胸をなでおろしたが、まだ自分をジロジロみているおばさんに首をかしげる。
「なんだね?なにかついてるのかね?んふ」
「あんた…まるでうジョーカーのようだね。」
「…ジョーカー?」
ビットールが再び首をかしげると、
「これだよ。」
おばさんは少年のポケットに入れられた真新しい小さな人形を取り出した。
人形の髪色は赤色でピエロのような服を着ていた。

「髪の毛が似ているというだけだね。んふふ」
「いや、よくみてごらん。立派な長い鼻もそっくりなんだよ。」
「…立派な?」
ビットールは意外な言葉に戸惑いながら再び、今度は手にとらせてもらい人形をみる。
確かに自分の鼻と同じとがった鉛筆のような長い鼻だ。
さらにずんぐりむっくりした体系も白い顔もどことなく自分を見ているようである。
「立派って言うより変だよな!おじさんも!」
「何を言うんだい!」
おばさんは少年の言葉にポカリと頭を叩き、ビットールに目線を再びむけた。

「うん。ここであったのも縁だ。うちの息子が失礼言ったお詫びに夕飯をご馳走するよ。家に来ないかい?」
「そ、そうかね。では行かせて貰おうかね。んふふ」
ビットールはご馳走という言葉に惹かれ素直についていくことにした。
兄から頼まれた事も予定以上に早く終わっていたので、少しくらい寄り道しても大丈夫だったのだ。


おばさんの家は二階建てで、一階は店だった。
店にはトランプのマークを基調にした商品がズラリと並んでいる。
トランプはもちろん例えばダイヤ、ハート、スペード、クローバー各々の形をした雑貨があったりする。
「トランプが好きなのかね。んふ」
「あぁ、旦那が大好きだったんだよ。」
「そうかね。んふふ」
商品の並べられたスペース奥に階段があり、そこから部屋へと案内された。
店の二階が生活スペースになっているようだ。

「その辺に適当に座っておくれ。すまないがこれから夕飯の支度に買い物にでかけるから、その間バカ息子と留守番しとくれ。」
「ふんむふんむ。なにかね、急にあった他人に迷惑かけたといいつつ、頼み事とは。」
ビットールは言葉ではそう言っていたが、何故か嫌な気持ちはしていなかった。

「分かった!母さん、こいつを見張ってろって事だな。いかにも悪さしそうなモンスター…ってー!」
おばさんは少年の頭をまた叩き、
「悪さはお前だろ!全くいつもいつも店のもん盗って…何を考えてるんだか。」
ため息をついて少年をみるが、当人はぷいっとそっぽをむいた。
「はぁ。しょうがないね。じゃ、いってくるからね。アンタ、息子を見張っといてくれよ。」
有無も言わせず、結局留守番を頼まれたビットールは呆気にとられたが、
「わかったよ。そのかわり豪勢なご馳走しないと承知しないからね。んふふ」
と笑っておばさんを見送り少年と留守番することになったのだ。









「おじさん、本当に弱いね。」
「むむむ、なぜなんだね!ふがふがっ」
ビットールは自分の手に残ったジョーカーのカードを忌々しげに睨む。
留守番の間、少年とババ抜きをする事にしたのだが、何度やっても勝てないのだ。
毎回ビットールの手に残る、彼によく似たジョーカーのカード。

「無理だよ、おじさん。だって顔や態度に出過ぎだよ。誰かを騙したりするの苦手じゃない?」
「うぐっ…」

心当たりがある。
そう、兄を呪いで殺そうとした事を出会ったばかりの冒険者達に自分が犯人だとバレてしまった事だ。
「も、もう一度だね!うふ」
再びババ抜きをするため、ビットールが床に散らばったトランプを集めようとした時、
「ただいまー!お、トランプで遊んでいたんだね。」
両手いっぱいに食材を買ったおばさんが帰ってきた。

「おぉ!わたしのためにそんなに買い込んでくれたのかね。んふふ」
「いんや。ちょうど安売りセールがしていたんだよ。」
おばさんの台詞にがくっとなりつつも、すっとビットールは腰を上げて彼女の荷物を持った。
「キッチンまで運んであげるよ。わたしは紳士なんでね。んふふ」
「そうかいそうかい。お客さんなのに悪いね。そうだ、あんた、魚はさばけるかい?」
「んふん?まぁ、さばけないこともないがね。」
「じゃあ、ついでに魚もさばいておくれよ。」
「君の母親は図々しいね、全く。んふふ」
ビットールが少年に目を向けると、全くだと言ったように肩をすくめた。

もしこれが以前のビットールだとしたら、怒り狂っただけだっただろう。
だが、今は違う。
なぜか、楽しい。
きっと、兄との暮らしを思い出すからだろうか。
兄との山荘の暮らしは辛かった事が多かったが、しかし、楽しくもあったのだ。
初めて巧く魚をさばけた時の達成感は忘れられない。
自分の力で何かを達成した時に、もしずっと人任せにしていたならばこの達成感を感じる事がなかったのだ。


キッチンに立ち、不器用ながらも確かに魚をさばくビットールを隣で少年が見る。
「すごいね。」
「ああ、兄さんから無理やり叩きこまれたよ。んふふ」
「兄さんがいるの?」
「そうだよ。そうそう、君くらいの時に兄さんとよくババ抜きもしたよー。んふ」
「ふーん、負けばっかだっただろ。」
「そんなことはない。んふ」
「へぇ。おじさんの兄さんはよっぽど騙しやすいね。おじさんの表情とかも見抜けないなんて。」

少年の言葉にもまた、思いあたるふしがある。
これもまたあの事件の時に最後まで自分を疑わず、呪いだと思い込んだ兄は騙されやすいのだろう。
口の悪い冒険者が言っていた。
あんなに分かりやすく証拠を残しているのに気づかない兄はバカだと。


「ほれ、なにぼーっと突っ立っているんだい!いつまでたっても夕飯ができないよ!」
コンロでシチューを作っていたおばさんにとんっと背中を叩かれ物思いから覚める。
「本当に人使いがあらいね、君は。んふふ」
ビットールは苦笑いしながら、一品料理を作ってしまうことになってしまった。
そして、夕飯時。
おばさんの料理と共に並べられたビットールの料理を口にし、 
「美味しいー!!」
「おじさん、すごい!これ僕にも教えてよ!」

目を輝かした二人の笑顔を見た時に、ビットールの心に何かが生まれた。









「悪いね、すっかり遅くなってしまって。」
ビットール達が夕飯を食べ終えた時にはとっくに日が暮れてしまっていた。
「まぁ、いい。この町には宿はあるのかね?んふふ」
「おじさん、家に泊まればいいじゃん。な、母さんいいだろ?」
少年の突然の台詞に戸惑うビットール。
「息子にずいぶんなつかれたね、お前さん。留守番中、トランプ以外に何したんだい?」
おばさんに問われるが、ビットール自身もなつかれる心当たりが全くないのだ。
もしかして、今日作った料理がそんなに美味かったのだろうか?

ビットールが首を傾げて考えていると、
「もしかして、負けたまま逃げる気?」
少年の台詞に夕飯前にもう一度と勝負を挑んでいたことを思い出す。
「そうだねー。まだ君にババ抜きに勝ってないね。んふ」
ビットールがメラメラと再戦に燃えるのを見ておばさんは少し笑い、
「夕飯を手伝ってくれた礼もしなきゃだものね。狭いとこでよければ泊まっておくれ。」
おばさんの言葉に頷くビットールを見て少年がぴょんぴょんと嬉しそうにはねあがる。
「おじさん、耳、耳!耳かして!」
少年の頼みにやれやれと耳をかすビットール。
「ババ抜きの前に色んな人を騙す方法、教えてあげる。」
びっくりする言葉に目を見開いて少年を見るとニシシといたずらっ子の笑顔を見せ、
「とりあえず、僕の部屋にまた来てよ!」
と腕を引っ張られ、再び少年の部屋に案内される。


「突然みなを騙す方法とは何かね。わたしはそんな方法を知りたいと思っているのかね。んふ」
言葉ではそう言っていたが、内心は興味津々ではあった。
また誰かを騙して何かを奪うつもりではない。
皆を騙してでも好かれる方法が欲しいと思ったからである。
もし、少年が誰かを騙して奪い傷つける方法を教えようとするなら…
自分が兄のようにこの少年に説教すればいいのだろうか?
自分にそれができる資格があればの話だが。

「おーじーさーん!聞いてる?」
「おぉ、すまないね。聞いてなかったよ。んふ」
「もう!ぼーっとしないでよ!」
少年がブリブリと怒る姿は、母親によく似ている。
「なにニヤニヤしてるの?気持ち悪いなぁ。」
「な、失礼だな!んふ」
「そういえばおじさんはどうして喋った後に含み笑いするの?」
「含み笑い?なんの事だね?んふんふ」
「…まぁいいか。うん。」
「な、何を一人で納得しているんだね!んふっ」
ビットールがバタバタと手を上下にして尋ねるが、少年はいいのいいの、とごまかした。

「じゃ、まずはメイクだね。」
「メイクだと!?まぁ、確かに顔を騙す方法の一つだがね。ふぅむ。んふん」
「違う違う。おじさんは興奮したり怒ったりしたら、顔の色がピンクになるんだよ。」
「な、なぬっ!?」
「あ、ほら。今も。さっきもそれでおじさんが持っていたジョーカーがどれか分かったんだよ。」
ビットールは自分では気づけない事を指摘され、両手で頬を触った。
あの事件の時もそれで犯人だと見破られたのだろうか?

「ふぅむ、分かった。しかしメイクはしているんだよー。ナチュラルメイクでわからないだろう?んふ」
「それのどこがナチュラルなの?髪の毛なんて何つけてるの?ギトギトしてるじゃないか。」
「んふがっ!?」
少年の遠慮もない指摘に思わず怒鳴ろうとしてしまうが、なんとか抑えた。
危ない危ない、子供相手にムキになっていてはダメだと自分に言い聞かせるビットールはずいぶんと成長していた。
本人はその事に気づけていないのだが。

「でも、そのメイクをもっと派手にして表情を隠すんだ。」
少年がニヤリと笑い、自分の机から絵の具を取り出した。
「え、え、絵の具!?こら、待て。それをわたしの顔に塗ろうと言うのかねっ!?ふがふがっ」
ビットールは慌てて止めようとするが少年は、
「いいじゃん。どうせすぐお風呂入るんだし。」
と、白い絵の具を筆につけてビットールの顔に塗ろうと迫る。
「いやいや!そう言う問題ではない!ふんがっ」
ビットールが暴れて抵抗していると。
バターンと勢いよく部屋の扉が開き二人ともびくっと動きを止め、音がしたほうへ視線を向けた。
そこには鬼のような形相のおばさん。
「二人とも!!狭いとこでバタバタ暴れない!お風呂沸いたからさっさとお風呂におゆき!」
おばさんのあまりの剣幕に、
「「…はい。」」
と同時に返事をしてしまい、クスリと笑いあった。









「どうして君はわたしにみなを騙す方法を教えたいのだね?んふん」

少年の熱望により、同じ部屋で寝る事になったビットール。
隣に寝ころんで自分を見つめている少年に疑問を投げかけた。
少年は目線をビットールから机の上に飾られた人気へ移る。
あのジョーカーの人形だ。

「そうだ。もう一つ尋ねる。どうして店の物を盗り逃げしたのだね?ふふん」
「……売れないから。」
少年の答えはビットールに理解できないものであった。
売れないから、と言うのはジョーカーの人形を盗んだ理由だろう。
手前の質問、自分に騙しを教える理由ではないことは確かだ。

「しかし、盗んだとしても売れないのは変わらないではないかね?んふん」
「母さんには内緒にしてくれる?」
ビットールがふむとうなずくのを確認し、それでも聞かれてはならぬと慎重に耳打ちをした。

「ピアジェで有名な貴族メーロス家の当主に売りつけようと思ったんだよ。」
「ぶぶぶふぉっ!ゲホゲホ…」

驚きのあまり、気管へ唾液が入ってしまいそうになり咳き込んでしまった。

「き、君…。そこまで行くのに何日もかかるぞ。分かっているのかね?んふ」
「うん。でも、何度やってもすぐに母さんに見つかっちゃうから結局町からも出られなかったよ。」
「…見つかって良かったと思うぞ。んふ」

ビットールは、このすぐ隣町に届け物を届けるためにレンタル馬車を使いきたのだが、それでも数日かかって来たのだ。
子供の足で我が領地、それも兄の屋敷まで来るのは不可能だろう。
道を間違えればモンスターもいる。


「だからね、おじさんに頼もうと思ったんだ。」
「…え?」
ビットールは自分がメーロス家の人間と明かした覚えがない。
それなのになぜ少年が自分に兄へ商品を売るようにと頼むのか分からなかった。
もしかしてこんな離れた場所でも弟である自分の顔が知れ渡るほど、メーロス家は有名なのかと考えた。
しかし、少年がビットールに頼む理由は考えとは全く違うものだった。


「僕じゃ無理だから、おじさんがメーロス家の当主をうまく騙してこのジョーカーを売ってほしいんだ。」

なるほど、だから皆を騙せる方法を教えるに繋がるのか。
ビットールは少年が自分をメーロス家の人間と分かってない事が分かり少しホッとした。
普段なら貴族だと知らせるため自ら名乗るのだが、今は何故かそれをしたくなかったのだ。


「しかしね、君。君自身が母親を騙せてないじゃないか。んふん」
「え?」
「みなを騙す方法なら、君が母親を騙して家出成功しているのではないのかね?んふふふ」
ビットールの的確な指摘にあっとなり、少年は布団に潜りこむ。
その様子をみてふふふと笑うビットール。
少年は悔しそうな顔をぴょこんと布団から出した。

「むむむ!笑うなよぉ!おじさんもこのへんてこな商品を騙して売る方法考えてよ!」
「変だとか思うなら、デザインを変えればいいじゃないのかね。現に世の中にはジョーカーは色んなデザインがあるだろう?うふん」
ビットールは自分で言うのは本当は嫌だった。
自分に似ている商品を否定しているのだから。
でも、これが一番の方法だと思ったので言ったのだ。

しかし、少年は首を横に振った。

「それじゃ意味ないんだ。このジョーカーのデザインじゃなきゃ。…本当は騙しじゃなくジョーカーを魅力的にしなきゃダメなんだ。」
ビットールは少年の言葉に胸を打たれた。
自分自身が魅力ある人物にならなければならないと兄に言われた時と同じだったからだ。
しかし、気持ち悪がられるこの容姿を理由に逃げていた。
だけど、それは意味がないのだと、この少年に言われた気がしたのだ。

「…どうして、君はそのジョーカーを特別にするんだい?うふん」
ビットールは変だ変だと言いながらも、このジョーカにここまで特別にしている少年が気になった。
きっと自分に妙になついている理由もそこにあると思えた。

少年は少し黙った後、語った。
ジョーカーは少年の父親が一番悩んで考えたお店の看板キャラクターだったらしい。
父親はジョーカーはトランプの中で特別な役割を持っている。
だからとても目立つキャラクターで印象に残るデザインをと考えた結果、あの奇抜なデザインになったらしい。
あまりにも奇抜で気持ち悪くて売れなかったのだが、それでも父親はデザインを変えなかった。
少年はどうして?と尋ねたことがある。
父親はこういったのだそうだ。

これは、遠い遠い国の歴史を大きく変えた道化師をイメージして描いたんだ。
だから、このジョーカーが売れた時、きっとこのお店の歴史を大きく変えることになると思うんだ。

笑顔で語る父親の顔を見ていると、少年はその歴史を変える瞬間を見たくなってきた。
だから、少年はずっとこのジョーカーが売れる時を待っていた。
だけど、全く売れない。
だから、少年は自分の力でその瞬間を作り出そうとしたのだ。
大きく歴史に名を残すメーロス家に売り込むことによって。



ビットールは少年の行動にまた心を打たれた。
こんなにも小さな少年が、一人で大きく何かを変えようとしているのに、自分はどうか。
負の感情にまかせて行動した時、方法は間違えていたとは言え、自分を昇華させようとしていた。
だが、今は逃げているだけなのかもしれない。


「……よし、分かった。わたしも一緒に考えてみようではないか。んふふ」
「本当!?」
「本当だとも。ただ、もう夜遅い。明日だな。うふふ」
「約束だよ!」
二人は指切りをして眠りについたのだ。









翌朝早朝、ジョーカーの人形を中心にしてビットールと少年は座りうんうんと悩んでいた。
不人気なものを魅力あるものとする方法を考える、それはとても難しいことである。
 
「ふぅむ。そうだねー。このジョーカーのデザインは遠い国の道化師を元に作られたと言っていたな。んふ」
「うん。父さんそう言っていたよ。」
「ところで、道化師とはなんだね?うふん」
「え!おじさん、知らないの?サーカスとかでみんなを楽しませてくれるピエロとかだよ。」
「あぁ、あの面白いメイクで面白い行動をしている者たちだな!うふん」
「そうそう。おじさんも面白くて変だよね。」
「ふがっ!な、なんだと!失礼な!!ふががっ」

ビットールがバタバタと腕を上下するのを見て、少年は床に置いてあった人形を手に取って同じように人形の手をバタバタと上下させた。

「ぶぶぶ、本当まるでこのジョーカーが人間になったみたいだ!」
少年はおなかを抱えて笑い始めた。
「わ、笑うでない!んふふ」
「おじさんはいっつも笑ってるじゃない。」
「わ、笑ってなどいないぞ!んふ」
しかし、反論する言葉の語尾は怒った時の荒い鼻息ではなく、含み笑いになっている。


「ジョーカーもね、笑ってるんだ。いつも。どんな時も。」
「イラストや人形だからな。んふ」
「そうだけど、そうじゃなくって。ジョーカーはね、皆を笑顔にするから自分も笑顔なんだって父さん言ってた。」
「ふうむ、それが、魅力じゃないのかね。笑顔にする商品だと売り込めばいいんじゃないかね?」
「笑顔?」
「そうだ。笑顔だ。実際君はわたしとそのジョーカーが変だと笑って笑顔になったじゃないか。んふ」
「変だって自分で認めるんだね、おじさん。ぶぶっ。」
「み、認めない!認めないが…認めるしかないのか。ふぅむ。ふふ」

自分の容姿のせいで実際不利なことばかりあったのはとうにもう認めているのだ。

「でも、うまくいくかなぁ…近所の人たちにもすごく不評で…さ。最近はおじさんみたいにデザイン変えればいいのにって言うよ。」
「そう…か。」
ビットールは肩を落とした。
自分自身でそれを経験しているから分かる。
見た目、容姿はかなり重要なのだ。
今回のように自分が初めて出会って、嫌われずに、しかもすぐになつかれたのは初めてのことだ。
その理由は、自分の店の商品に似ているからであろう。
それがなければ、こんな風に少年とも話していなかっただろう。

気味悪がられ遠ざけられることは数知れずある。
しかし、今自分が領民たちから嫌われている理由は容姿だけではない。
嫌われることをしでかしてしまったからだ。

それに比べ、このジョーカーの商品はまだ違う。
近所の人たちに不評とはいえ、嫌われる事などなにもしていない。
それどころか、ジョーカーは皆を笑顔するという人物を思いデザインされたものだ。
まだ、可能性はあるに違いない。
気持ち悪いからと自分のように、嫌われたままではもったいないのだ。


ビットールはすくっと立ち、少年が昨日散らかしたままの絵の具の筆を手に取った。
「おじさん…?」
不思議そうに見ている少年に、手に取った筆を渡した。
「真っ白にわたしの顔を塗りたくってくれたまえ。なに、遠慮はいらない。んふ」
「えぇ!?昨日はあんなに嫌がったのに…どうしたの?」
「光栄に思いたまえ。わたしが君の店のジョーカーを宣伝するキャラになってやろう。うふふ」
「えぇぇぇぇ!!」
少年は目を見開いて驚き、しかしすぐにニヤリと笑った。
「分かった!このジョーカーにもっと似せるよう真っ白に塗るから、覚悟してよ!」









「みんなー、見て見て寄って!このお店!」
「なんとなんと、お店の看板キャラ、ジョーカーが遊びに来てるんだよー!」
おばさんと少年の呼び込み声になにごとかと目を店に向ける人々。
そこには、派手な服、赤い髪、そして長ーい鼻、真っ顔の人物がいる。
その姿は思わずドン引きしてしまうほど奇妙な出で立ちだ。

「おー、麗しい御嬢さん、そしてかっこいいお兄さん方、ようこそわが店へ。んふふ」
ビットールは両手を大きく広げすぐ隣にあった自分そっくりのジョーカーの人形を手に取った。
「幸運と笑顔を呼ぶ我が姿を催した人形はいかがかね?んふんふ」
奇妙なのは姿だけではない。
しゃべり方もどこかぞぞっとするようなしゃべり方にお客はざざざっと逃げて行ってしまった。


「……あーあ、逃げちゃった。」
少年はがっかりとビットールをみて、ぶぶっと笑う。
「ぶぶ。まぁ、仕方ないよ。この人形が売れたことはないからねぇ…ぶぁははははは!」
おばさんもビットールの顔をみて堪えていた笑いを吹きだしてしまう。
「な、なにかねなにかね!君たち二人とも、失礼だね!!んぶぶぶぶ!」
涙を流しながら笑いつづける二人を見て、怒らねばならないのに、自分も笑ってしまうビットール。
その笑い声は町通りにも聞こえるほどで、先ほど逃げていた客がなんだなんだと店を覗き込んだ。

よく見れば奇妙な顔なのはその赤い髪の人物ではない。
おばさんも、少年も真っ白な顔をしてピエロのようなメイクをしている。
それも絵の具でしているものだから、どろっと溶けてしまいとんでもないメイクになってしまっている。

「ぶぶぶ!おいおい、奥さん、なんだね、その化粧は!」
近所の人だろうか。
笑いながらおばさんの顔を指して店の中に入ってきた。
「いらっしゃい。いやね、実は昨日この店にジョーカーが遊びに来てくれてね。」
「あぁ、センス悪いジョーカ……本当にそっくりだな。どこから連れてきたんだ?」
ジロジロとそのお客は上から下までビットールを見ている。

「気になるかね?お兄さん。わたしは遠い遠い国からわたしを描いたという店に幸福を届けにわざわざやってきたのだよ。んふふ」
ビットールが得意気にしゃべると、お客は一瞬ひいてしまう。
が、おばさんと同じくぐちゃぐちゃになってしまっている絵の具の化粧をみて思わず吹き出して笑いだす。
「わっはっははは!なんだ、もう、これ!ははははは!」
楽しそうな笑い声が一つ増え、また一人遠巻きに見ていた客が少しずつ、恐る恐るビットールへのもとに近づいてきた。

「ようこそ、トランプのお店へ。んふ。色々素敵な商品があるけど、わたしのお勧めはこの人形だよー。んふ」
ぞぞっとするしゃべり方に、ざざっとまた遠ざかる。
ビットールはその様子をぎょろぎょろと目線を動かし見て、がっくりと肩を落としてしょぼんと顔を床へ向ける。
少年は慌ててビットールの元に言って耳打ちをする。
「おじさん、笑顔、笑顔!売りは笑顔!」
少年の言葉にハッとなりビットールはニヤーっと笑うが、その顔は逆に怖いものだ。
ざざざっとさらにひいてしまったお客にビットールは言った。

「幸福を呼び込み笑顔を呼び込み…そして、この怖さで魔除けになるよー。んふふ」

ビットールの言葉に一瞬お店の中がシンと静かになり…

「…おじさん、それ、自分で言う?」

少年の言葉にどっと店の中に笑いが響いたのだった。









すやすやと眠る少年を起こさぬようゆっくりと部屋をでるビットール。
そこにはおばさんがビットールの上着をもって立っていた。

「すまないね。息子がわがまま言って、また夜遅くまで引き留めて。」
「んふふ、全くだね。」
ビットールはおばさんから上着を受け取り、荷物を持ってゆっくりと階段を降りていく。
少年が目覚めてしまってはまた泣きじゃくって自分を引き留めるだろう。
あんな反応されたのは初めてのことで、ビットールはどうしていいか分からなかった。
仕方ないので、少年が眠りにつくまで、家にいることにしたのだ。


階段を下りて、店舗に下りると、今日の事が思い出される。

「今日は本当にありがとうね。あんなに賑やかな店は初めてだよ。」
背中からおばさんの声がした。
ビットールは振り返り、胸を張った。
「わたしの力はすごいだろう!んふ」
「ああ。このまま働いてもらったら嬉しいくらいだ。息子も喜ぶだろうけど……無理だよね。」
「それは遠慮するね。これ以上お前たち親子にまた好き放題こき使われるのは。んふふ」


本音ではなかった。
顔に出ないようにできただろうか?
本当はここにずっと居たいと思っていた。
しかし、それはできない。


「ふふふ、そうかい。ありがとうね……あ。名前。互いに名前教えあってないね。あんたがどこから来たのかも聞いてなかった。」

ビットールはちょっと悩んで答えた。

「わたしかね?わたしはこのトランプの中からやってきた、ジョーカーだよ。んふふ」
「え?」
キョトンとしたおばさんの顔をみてうふふと笑うビットール。
「少年にも伝えたまえ。約束通りメーロス家にこの人形を売ってやると。」
手に持ったジョーカーの人形をおばさんにみせ、にやーっと笑った。
「そして、次にお前たちの前に現れるのはわたしが国で有名になってからだ。その時まで悪さしたりしたら出てこないぞ。んふ」
ビットールはパチンと不細工にウインクをしてみせた。
「……ふふふ。わかったよ。伝えとく。元気で。ジョーカー。」
「お前も元気で。んふ」

大きく手を振って、ビットールは外に出た。
外に出ると明るい満月の光がビットールを照らした。
レンタルした馬車を置いてある場所までゆっくりと歩いていく。

明日の朝、少年は居なくなった自分を知って泣いてしまうのだろうか?
ジョーカーを売るために無茶な旅を企てる少年が、自分を探してまた無茶をしないよう釘をさす伝言を頼んだが…
少し心配である。

色々と少年の心配をしている自分に気づき苦笑する。

わたしは何を心配しているのだろうか。
たった二日。
たった二日だけの関係なのだ。
きっとこれから先、わたしがこの家族に会うことは……ないだろう。

自分にはやらねばならぬことがたくさんある。

まず兄の仕事の協力。
権力を奪うためではなく、自分を許してくれた兄への感謝に。
信頼され、さらに領民たちから頼られている兄は忙しさのあまり疲れていることもある。
その時に…わたしが笑いで疲れをふきとばしてみよう。

兄の妻と娘への謝罪。
まだ怯えているし、一度失った信頼を取り戻すことは難しいだろう。
それでもいつか、今度は、偽りの笑顔ではなく、本当の笑顔が自分に向けられるように。
今は、兄の家族として、愛しているから。

領民への謝罪。
一応謝罪したが……まだ心から謝っていなかったと思う。
どれだけ謝ってもすぐに…そして全員は許してはくれないだろうけれど。


ビットールは夜空高く浮かぶ月を見上げた。


「もう一つ。今度は兄に…そして兄の家族と領民たちにいつか…」
手に持ったジョーカーの人形を見て、ふふふと笑う。

「このジョーカーで笑顔と幸運が訪れる呪いをかけてみようかね。んふふんふ」


ビットールはいつかメーロス家に伝わる呪いが悪しきものから幸せなものへと自分が変えてみようと企んで笑う。

「このジョーカーが……国で有名になったら……約束通り会いに来てもいいだろうか?」


月に笑いながら問う姿は、やはり不気味で怖い容姿であるのは仕方ない話。



挿絵を見て、彼の特徴ある容姿はピエロに向いているなぁと思いました。
それからピエロをネットで調べてみたら、ピエロよりトランプのジョーカーに似ていると思ったのです。

彼には愛される素質があると思います。
いや、現にそうだったのですから。
気持ち悪くて、不気味で、嫌われる素質は、また愛される素質も持ち合わせているのかもしれません。


この未来妄想はわたしの思う未来の一部です。
いろんな設定がいろいろあったりしますが、そこは読み手の皆様に妄想してもらうということにしました。


この後ビットールは彼自身にとって良いものになることができるでしょうか?
全てとは言えないけれど、彼を愛してくれる人は増えてくれるでしょうか?

その続きは、皆様の心の中で妄想してくださると嬉しいです。
 
ファイル作成日:2012年10月27日


(C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス


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