〜はんぶんこ〜

「手ぇ、痛いんだけど。」
トラップの声で我に返ってぱっと手を離そうとしたけど、出来なかった。
…なによ。トラップだって、私の手、痛いくらいに握ってるじゃない…



クエスト…いや、おつかいに行く道中でふと目に入ったのは一つの看板。
『プーヤシ村特製タンレバ、ついに解禁!すぐそこ→』
タンレバってなんだろ?って足を止めた時。
すごい人の波にさらわれてしまった。
あれよあれよと言う間に私は沢山の人の中で周りは見知らぬ景色。
戸惑う間もなく人の波に流されていく。

……私は、あっというまにまたもや迷子になってしまったのだ。

「ど、どうしようー!?」
叫んだところで、人波がとまるわけでもなく。
やっぱり、流されていく。
その波が止まったのは狭い広場にずらーっとお店の連なった場所。
一つ一つのお店には長蛇の列がある。
「そっか。ここのお店にくる人たちの波だったのね。」
私は一人納得する。
周りを見渡すと、一つ一つの列の最後尾にいる警備員が目に入った。
よ、よかったぁ。警備員の人に村の入口まで案内してもらおう。

「あ、あのー。」
私は警備員に、道を尋ねようと話しかける。
「はい、整理券。」
「え?いや、その…。」
違うんです、と言いたかったけど出来なかった。
だって、次々に私の後ろに人が並ぶんだもの!
「早く進みなさい!」
すぐ後ろのおばさんがどなりつけた。
ひぇぇ!こわー。
横には隣の店の列があって、抜け出せない。

それにしてもこんな狭いところにお店があるんだろ?
大体、タンレバってなんなのよぉ?
私があわあわしてる間にお店に到着してしまった。

店員さんは優しそうなおじさん。
「あ、あのー。」
しゃべりかけようとした私の目の前におじさんが何かを突き出した。
「へ?」
「はい、2Gね。」
「え?え?」

私がまごまごしていると、
「ほら早くしてよ!」
またも後ろのおばさんがどなりつけてきた。
ひー、やっぱりこわー!
私は慌てて財布から2Gを取り出し、何かを受け取る。
「出口はこっちだよ。」
おじさんは、店と店の間の狭い狭い通路を指差した。
ううん。通路じゃない。
やっと作った店と店とのすき間って感じ。
 
私が戸惑ってると、ドン!と後ろのおばさんに押される。
「ほら、早く進む進む!後ろがつかえるよ!」
「す、すみません!!」
そのすき間を抜け出ると広場があった。
そこにはやっぱり沢山の人、人、人、人!


…………………………


えぇーっと、なにが起きたんでしょう?
看板を見てから、この広場までどう歩いてきたっけ?
だいたい、どれくらい歩いたの?
あっと言う間だったから…それほど歩いてないよね…
それにしても…この広場、やけにカップルが多いような…?
あれ?だけど、ここまでの人の波には女の人ばっかりだった。


「んもぉ…訳わかんないよぉ…はぁぁぁぁ。」
私が大きくため息をつくとごちんと頭に衝撃。
「い、いたぁぁ!」
「ため息つきてぇのはこっちだよ!」
涙目でにらみつけたのは、言うまでも無い、トラップだ。

「なにすんのよぉー。」
「なにすんのよぉじゃねぇ。ったくぼさっとしてっからこうなんだ。」
「うぅー。」
そりゃ、ちょっとはぼさっとしてたかもしれないよ。
だけど、あれは不可抗力と言うか…
言い訳しようとトラップを見たけど、やめた。

「…ルーミィは大丈夫なの?」
「んあ?」
「私みたいに人波に攫われてない?」
「あぁ。あんたが人波に襲われたから急いで村の入口から離れたよ。」
「そう。よかったー。で、今、どこにいるの?」
「村からだいぶ離れたところ。ちけぇとこだと危ねぇからな。」
「そうなの?」
「あぁ。この村に近づくほど人が増えてるなぁっと思ってたらこれだ。」
トラップはうんざりした表情で周りをみる。
人が増えてるなぁって…気付いたらいいなさいよ!
私はトラップを睨みつける。
トラップはそんな私を呆れたように見て手を差し出した。

「え?」
「えって…あんた、ついて来れるの?」
「何に?」
「だぁらぁ…もぉいい!」
トラップは私の手を握ると早足で歩き始めた。
「ね、どこ…」
行くの?と尋ねようとして分かった。
どこって、クレイたちのとこに決まってるじゃないか。
トラップはこんな人ごみの中スイスイ歩いてる。
その彼の後を手を繋がずついて行くなんて…出来るはずないじゃない。
「だから…か…」

…なんだか…嬉しいなぁ…
トラップは…迷惑かもしれないけど…さ。
だけど、あの人ごみの中、捜してくれて。
そんでもって、今度は迷わないようにって手を繋いでくれて。
表面じゃ意地悪だけど…本当は優しいんだよね。

「手ぇ、痛いんだけど。」
トラップの声に我に返った。
無意識に手を強く握っちゃったんだ!
私は慌ててトラップの手を離そうとしたけど、出来なかった。
トラップも痛いくらい握ってたから。
「…私も…痛いんだけど?」
苦笑しながらトラップに言い返す。


分かってるよ。
困るもんね。また、はぐれちゃったら。


緩めた手をまた強く握る。
トラップは困った表情で私のほうを振り返った。
なによ、もぉ。
そんな顔しなくても、迷惑かけたこと、分かってるんだから!
 
私はふともう片方の手に握った先ほど渡された物を見た。
それは一枚のちょっと大き目のビスケットが袋に入っていた。
「そだ!」
「あ?」
私の声にトラップの足が止まる。
「みんなに内緒で半分にしてこれ食べよう?」
私がぐいっとビスケットをトラップに突き出す。
「あんだ?こんなん買って余裕だな。」
馬鹿にしたような目で私を見た。
「違うの!流れに逆ら………」
トラップに説明しようとした時2つの看板が目に入った。
今さっきみた看板とちょっと違う…
一つの看板には『プーヤシ村で作られたビスケット、タンレバ』と書かれていた。
そっか。タンレバってビスケットのことだったんだ。
「なんなんだよ?」
「あ、あぁ、タンレバってビスケットのことだったんだなぁって。」
「はぁ?」
トラップの怪訝な声。
そりゃそうだよね。
さっき言いかけたことと違うこと言ったんだもん。
「あのね。ビスケットは好きで買ったんじゃなくて…」
私はトラップに説明しながらもう一つの看板を目にし、もう一つの謎が解けた。


…………!!


「………えっと、早く、クレイたちの処にいこ?」
「はぁぁぁ!?」
「いいから!」
私はぐいっとトラップの手をひっぱり、止まる。
「……何処で待ってるの?」
「……ぶぁぁぁぁぁか!」
こちんと軽くおでこを小突かれたけど、私は何も言わなかった。
そんなことより、早くこの場を去りたかったから。



……もうちょっと離れたところで……
……クレイたちに合流する前に………

「……はんぶんこ…しよう?」

END


ファイル作成日:2006年2月19日

(C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス

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