〜秋風の約束〜
 
「あー、全然だめだぁ…」
書き損じた原稿の紙くずが、わたしの周りを囲んでいる。
この間の冒険を書いているんだけど、全然上手く書けない。
こういう時は気分転換も必要よね。
わたしは、閉め切っていた窓を開いた。

ざぁっと、秋風がわたしの髪を上からなでる。
いつの間にか、外は夕暮れの日差しで。
紅葉した山々と空が真っ赤に染まりとても綺麗だ。
ふと、そばの木をみると、そこにはやっぱり赤に染まった、トラップ。
いつものように器用に枝に寝転んでいた。
「トラップ!もう日が暮れるよ、風邪ひくよ?」
大きな声で呼びかけると、片目をちらりと開けこちらを見た。
「…あけぇ…」
トラップは一言つぶやくと、ぐーっと背伸びをした。
よく落ちないもんだな。
ヒラリヒラリと真っ赤な木の葉は落ちても、彼は決して落ちない。
真っ赤な世界に、真っ赤な髪のトラップ。
まるで、世界に隠れて忍んで、盗みにいく盗賊? なーんて、トラップを見てたら。
「あんだよ?」
「あ、えっと…赤いなぁって。」
「夕方だからな。」
「うん、あと、紅葉と、トラップ。」
トラップは怪訝な顔をして、髪をくりくりっと指に巻いた。 「トラップの髪はさ、お母さん譲りだよね。」
「ああ、そうだな。」
「トラップのひいじぃちゃんもそうなんだよね?」
「ああ…らしいな。」
「じゃあ、さ。もし、トラップに子供できたら、赤い髪の毛なのかなぁ?」
わたしが尋ねると、トラップは少しバランスを崩しそうになってしまう。
さすがにすぐに体勢を整えまんまるな目で見てきた。
「なあに?その目はぁ?」
「……、いやいきなり…なんで…」
なんで?
なんでって聞かれても、ふとそう思っただけであって。
そんな、驚くような顔で尋ねられてもなぁ…
だけど、なんだか、その顔がすごく、可愛くて面白い。
なかなか、見ないトラップの表情なんだもの。
それに、世界が赤いから、顔が赤く見えて、まるで照れてるように見える。

「別に、ただ、そうなるのかなぁって。」
わたしがニマニマしながら言ったからか、トラップはムッとした表情になってしまった。
残念。
もっと見たかったのに。
だけど、トラップは何か思いついたように意地悪ないつもの顔に戻った。
「それさ。俺に子供ができたら確認しにきたら、いいんじゃね?」
「あ、そっかぁ!うん、うん!もしトラップがパパになったら確認しにいく!」
「できたら、一番、はじめに、髪の確認しに来いよ?」
「一番?」
「一番。」
なんだ、なんだ。
そんなに一番にトラップは自分の子供を見てほしいのか、わたしに。
なんで一番なんだろ?
パーティーとしてかな?
うん、絶対そうだよね。
パーティーは家族みたいなものだってトラップも思ってくれてるんだ。
家族に新しい家族を見て欲しいんだね。
なんだか、嬉しいじゃないか。

「いいよ!一番に、トラップの赤ちゃんの髪を確認したげる!」

わたしは元気よく答えたのに。
トラップは、何故かキョトンとして、大きなため息をついた。

「何年先になる話なんだ…」
「?そうだよね。それは、きっと神様も分かんないんじゃない?でも、約束するよ!」
窓からは届かないけれども小指をだした。
彼も真似して、小指を差し出した。

ひゅるりと、秋風がトラップとわたしの小指の約束を結んだ。


END


ファイル作成日:2019年11月11日

(C)深沢美潮/迎夏生/角川書店/メディアワークス

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